豊鹿島神社の境内社5
タイトル (Title)
豊鹿島神社の境内社5
詳細 (Description)
紅葉稲荷
豊鹿島神社表参道の石段を上がると右側に赤い鳥居が目に入ります。紅葉稲荷社への参道です。
山道の石段をあがると朱の鳥居があり、豊鹿島神社の本社殿を包み込むように右側に張り出した丘陵の峰に達します。
ほほ平地になったところに石の鳥居が設けられて、祠に達します。この姿をお参りされた、神社に詳しい方が
「このお稲荷様は、鎌倉の鶴岡八幡宮と丸山稲荷社の関係のように感じます。このお稲荷様がこの地の「地主神」だったのでしょうか」
と聞かれます。
鎌倉の丸山稲荷社は、鶴岡八幡宮が創始される前から、その地にあったことから「地主神」とされ、八幡宮の近くにまつられています。
「ここの場合は違うようです。後で現地をご説明しますが、このお稲荷様は境内南の青梅街道付近にあったと伝えられます。」
と説明しました。その後も同じような質問に何回か出会っています。
案内板には「紅葉稲荷社」
御祭神 豊受姫命
産業振興 商売繁昌
と記されています。創建の年、奉納者などは不明です。
蔵敷の内野杢左衛門氏が江戸末から明治初年、大正年代について記された、「杢翁記録」には
「芋窪には私領と御料所とありて、高札は紅葉稲荷の側に貯穀箱と倶(とも)にありき」
とされ、青梅街道北側に接して、高札場の近くにまつられていたことがわかります。地元の方々のお話では、もとは個人がまつり、講がもたれていたそうです。
豊鹿島神社表参道の石段を上がると右側に赤い鳥居が目に入ります。紅葉稲荷社への参道です。
山道の石段をあがると朱の鳥居があり、豊鹿島神社の本社殿を包み込むように右側に張り出した丘陵の峰に達します。
ほほ平地になったところに石の鳥居が設けられて、祠に達します。この姿をお参りされた、神社に詳しい方が
「このお稲荷様は、鎌倉の鶴岡八幡宮と丸山稲荷社の関係のように感じます。このお稲荷様がこの地の「地主神」だったのでしょうか」
と聞かれます。
鎌倉の丸山稲荷社は、鶴岡八幡宮が創始される前から、その地にあったことから「地主神」とされ、八幡宮の近くにまつられています。
「ここの場合は違うようです。後で現地をご説明しますが、このお稲荷様は境内南の青梅街道付近にあったと伝えられます。」
と説明しました。その後も同じような質問に何回か出会っています。
案内板には「紅葉稲荷社」
御祭神 豊受姫命
産業振興 商売繁昌
と記されています。創建の年、奉納者などは不明です。
蔵敷の内野杢左衛門氏が江戸末から明治初年、大正年代について記された、「杢翁記録」には
「芋窪には私領と御料所とありて、高札は紅葉稲荷の側に貯穀箱と倶(とも)にありき」
とされ、青梅街道北側に接して、高札場の近くにまつられていたことがわかります。地元の方々のお話では、もとは個人がまつり、講がもたれていたそうです。
Item Relations
This item has no relations.
Collection
Citation
“豊鹿島神社の境内社5,” 東大和デジタルアーカイブ, accessed 2024年11月22日, https://higashiyamatoarchive.net/omeka/index.php/items/show/1586.