浅間神社
タイトル (Title)
浅間神社
詳細 (Description)
位置
明治6年(1873)蔵敷村戸長から神奈川県令に出された絵図では現在の蔵敷二丁目577付近に記されています。
現在、狭山丘陵内に石祠があります。
祭神 不明(一般的には木花咲耶姫命・このはなのさくやひめのみこと)
創建 不明
地誌類の記録
『新編武蔵風土記稿』『狭山之栞』
いずれも記載なし
「明治4年(1871)社寺調」の書き上げ(『里正日誌』12p42)
浅間大神 社地2畝15歩(75坪・約250㎡) 本社など敷地10歩(10坪・約33㎡)
樅(もみ)、杉、松、檜など68本
明治5年(1872)6月、元名主から神奈川県庁に出された「社地境内外区別帳」(『里正日誌』12p319)では
社建坪1坪 平面1畝29歩とあり、社があったことが辿れます。
ルート
参道はありません。
熊野神社本殿裏側の小径を右に進み、山の神、愛宕社を経てやや下方にまつられています。
明治6年(1873)蔵敷村戸長から神奈川県令に出された絵図では現在の蔵敷二丁目577付近に記されています。
現在、狭山丘陵内に石祠があります。
祭神 不明(一般的には木花咲耶姫命・このはなのさくやひめのみこと)
創建 不明
地誌類の記録
『新編武蔵風土記稿』『狭山之栞』
いずれも記載なし
「明治4年(1871)社寺調」の書き上げ(『里正日誌』12p42)
浅間大神 社地2畝15歩(75坪・約250㎡) 本社など敷地10歩(10坪・約33㎡)
樅(もみ)、杉、松、檜など68本
明治5年(1872)6月、元名主から神奈川県庁に出された「社地境内外区別帳」(『里正日誌』12p319)では
社建坪1坪 平面1畝29歩とあり、社があったことが辿れます。
ルート
参道はありません。
熊野神社本殿裏側の小径を右に進み、山の神、愛宕社を経てやや下方にまつられています。
Item Relations
This item has no relations.
Collection
Citation
“浅間神社,” 東大和デジタルアーカイブ, accessed 2024年11月24日, https://higashiyamatoarchive.net/omeka/items/show/1596.